World of Coffee

コーヒーに関するあれやこれやを綴ったブログ

コーヒーってどうやって発展してきたの?

こんばんは!raiyo_sです。

今日もコーヒー飲んでますか?

私は今朝、デロンギエスプレッソカプチーノメーカーでラテを作りました🐮

ラテアートは・・・目下練習中笑

ミルクのスチームがなかなか上達せず。。。(コーヒー屋さんなのに涙目)

こういうところにも、コーヒーの奥深さを感じます☕️

 

さて、そんな普段から身近に存在するコーヒーですが、

いつ頃から飲用に供されてきたか、ご存知ですか?

そもそも、どこが発祥の地で、

どんな歴史を歩んできたから世界中で飲まれるようになったのか。

 

今日は、コーヒーの歩んできた歴史に触れてみたいと思います。

 

 ☕️ヤギ飼い少年カルディの伝説

 

よく知られているコーヒー発見の物語は、

ヤギ飼い少年カルディの伝説ではないでしょうか。

 

舞台は、1000年以上前のエチオピア

アフリカ大陸の東端に近いこの国で、ヤギ飼いをしていたカルディ少年。

ある日、ヤギが赤い実を食べて元気に飛び跳ねるようになったのを見て、

近くの修道僧に相談します。これはどうしたことかと。

ではその実を食べてみよう!ということになり、カルディ少年もそれを口にします。

するとどうでしょう、気分が爽やかになり力がみなぎってきたではありませんか!

 

これが、コーヒーを最初に口にした人たちの伝説。

 

最初から焙煎して抽出するということは、していないんですね。

まぁ当然といえば当然ですかね^-^;

 

なお、コーヒーの起源には諸説あり、カルディのお話もその一つ。

ただし、エチオピアにはコーヒーの木が大昔から自生しており、

この説が正しそうだな、と私も考えています。

(そうだといいな、ロマンがあるな、という個人的な感想でもありますが)

 

☕️イスラム世界の「門外不出」の秘薬

 

その後、コーヒーは薬として飲まれていたらしいことが、

古い書物に記録として残されています。これが、10世紀頃のお話。

その薬は「門外不出」の秘薬として、

イスラム教寺院で秘儀の際に使われたと言います。

 

それから300年ほど経って13世紀頃になると、

イスラム教の一般の教徒たちにコーヒーの存在が知れるようになり、

その頃からコーヒー豆を焙煎して飲まれるようになったと言われています。

 

アラビア世界をつたい、

コーヒーはその後コンスタンティノープル(現在のイスタンブール)に伝わります。

14世紀には、世界最古のカフェと言われている「カーネス」が開業。

そこからコーヒーはヨーロッパへと広まっていきます。

 

☕️コーヒーハウスの隆盛とヨーロッパ各地へのコーヒーの浸透

 

イスラム教との飲み物として知られていたコーヒー。

当時、「そんな異教徒の飲み物を私たちが飲んでいいのか」と、

キリスト教徒の間で論争になったといいます。

ですが、当時のローマ法皇クレメンス8世は、

「こんなにおいしいものを異教徒に独占はさせまい」と、

コーヒーに洗礼を施して、キリスト教世界にコーヒーを受け入れます。

 

こうしてヨーロッパにもたらされたコーヒーは、

その後各国で楽しまれるようになります。

 

イギリスではコーヒーハウスが生まれ、

紳士の交流の場として広がりを見せます。

コーヒーを片手に、社会や経済のことなど、様々な議論を行う場だったんですね。

ちなみに、ロンドン証券取引所は、

コーヒーハウス「ギャラウェイズ」が発展してできたものです。

このような、

コーヒーハウスが現代経済の要をなす施設に変貌した例には、事欠きません。

 

またフランスではサロンが登場し、

上流階級の人々がこぞって集まるように。

さらには一般階級の人々にもコーヒーが知られ、

あちこちでカフェが見られるようになります。

 

さらにイタリアでは、フランス式のドリップが変化して

エスプレッソという抽出方法が根付きます。

 

☕️ヨーロッパから持ち出されたコーヒーは海を越えて

 

こんなにおいしい飲み物をたくさん作り出すためには、

大量に栽培しなければなりません。

当然、栽培方法に興味を持つ人々が増えていきます。

 

 

当時、商用のコーヒーが栽培されていた唯一の産地が、

アラビア半島のイエメンでした。

世界中で飲まれるコーヒーがここで生産されるわけですから、

イエメンにとってコーヒーはまさに「金のなる木」。

苗木を持ち出させたりなどしはしません。

栽培できる状態での国外への持ち出しは重罪とされ、禁じられていたそうです。

 

しかし17世紀末、インド人のババ・ブータンという人物が、生豆を持ち出し

故郷のインドで発芽させることに成功します。

この木を原木として南インドに広まったコーヒーは、

やがてオランダ人によってインドネシアに広められます。

インドネシアで栽培されたコーヒーは、遠くオランダへ。

 

さらに18世紀頃、当時のアムステルダム市長がルイ14世にコーヒーの苗木を

献上したという記録が残っています。

この苗木を、フランス海軍の将校ガブリエル・ド・クリューが大事に守りながら

フランス領マルティニーク島に運んだと言われています。

これが、ラテンアメリカにコーヒー栽培が広まる第一歩でした。

現在ラテンアメリカで栽培されているコーヒーは、

すべてこのド・クリューがマルティニーク島に持ち込んだ

苗木の子孫といわれています。

 

このようにして、コーヒー栽培はコーヒーベルトに広がっていったのです。

 

☕️アメリカに行き着いたコーヒー

 

19世紀に入ると、コーヒーがアメリカにも浸透していきます。

ボストン茶会事件米英戦争をきっかけに、

それまで庶民の間で一般的だった紅茶にかわり、コーヒーが普及していきます。

さらに、輸送技術の発達により19世紀後半にはラテンアメリカから

大量のコーヒーが輸入され、市場価格が低下しさらに大衆化が進みます。

 

1966年、オランダ生まれのアルフレッド・ピートがサンフランシスコで

「ピーツ・コーヒー&ティー」を開業。

このピートと面識のあった3人の男(ジェリー・ボールドウィン

ゴードン・バウカー、ゼブ・シーゲル)が、

1971年にシアトルで一軒のコーヒー店を開業します。

これが、スターバックスの1号店。

ここからいわゆる「シアトル系」が広まっていき、

現在のカフェ・ブームにつながっていきます。

 

☕️ 日本におけるコーヒー

 

日本にコーヒーが持ち込まれたのは、18世紀頃。

長崎の出島にオランダ人が持ち込んだとされています。

 

19世紀中頃には、コーヒー豆の輸入が始まり、

横浜には居留地の西洋人向けのコーヒーハウスが開店。

日本初の本格的な喫茶店は、1888年に上野にできた「可否茶館」といわれています。

 

20世紀中盤には缶コーヒーが発売され、

日本中で手軽にコーヒーが飲まれるようになりました。

 

銀ブラ」(銀座でブラジルコーヒー)という言葉が流行ったように、

日本では純喫茶でおいしいコーヒーを楽しむ文化が広がっていましたが、

現在はシアトル系、サードウェーブなど、

アメリカ発の個性的なカフェが日本にも上陸。

スペシャルティコーヒーが広まり、

ますますコーヒーが楽しく、奥深くなっています。

 

 

 

ここまで、コーヒーの歴史を紐解いてみました。

次回は、コーヒーの生産地について詳しくお話ししていこうと思います。